雷の光が目に入り、一瞬視界が真っ白になった後、轟音が響く。
「きゃあっ」
ソフィアが驚き、俺の胸の中に飛び込んできた。
「ぁ、役得」
「何嬉しそうな顔してるのよ。た、ただ驚いただけなんだからね!」
それでも、俺はとても嬉しい。
「うんうん。じゃあ、このまんまね。恐いだろ」
にっこり笑って彼女の背に腕を回し、抱きしめる。
ソフィアは抵抗しようとしない。
ソフィアはなんだかんだ言っても、なぜか俺を警戒しない。おそらく、俺になついていた幼い頃の影響だろう。
「ソフィアは可愛いなあ」
腕にもっと力をこめる。
ソフィアは抵抗しない。また雷がとどろいているのもあるんだろう。
ソフィアは昔から苦手だったからなあ。俺は克服したけどね。
……ああ、いい気持ち。
「……バカ」
ソフィアが俺の胸に顔を押しつけてくる。
どうも悪い気はしていないらしい。
「ソフィア、好きだよ」
そう言うと、ぴくり、とソフィアが震える。
俺はそのソフィアの顎をそっと手でとらえると、そのまま愛しい彼女の顔を上に向ける。
そして………
「妄想はそこまでです、殿下」
ざあざあ、と窓の外からうるさい音。
俺はそれを後ろに、書類を抱えて執務室のドアを閉めた。
「俺、そんなわかりやすい?」
殿下が顔をつねる。
ふっ、と少々イヤミに笑ってみると、不機嫌な顔に。
分かりやすい。狸爺共相手ではあんなに考えている事が分からないのに。
しかもあのでれでれした顔、間違いなくソフィア殿相手の妄想だ。
男で思春期とくればすぐこうなのだから。ま、あんまりやりすぎな想像はしていないようだがな。
王族というのは、あまりそういう情報を知らない。せいぜい普通の正しい教育で得られる知識だけだろう。殿下の場合はソフィア殿に完璧に操を立てているから尚更だ。
そっちの方が良いがな。あまりに破廉恥な輩だったなら、忠誠すら誓っていなかっただろうし。
そんな事を思いながら、殿下の分の書類を渡す。
「今年もこの雨だからな。堤防とか色々あるみたいだな」
書類にさっと目を通し、ハンコを押しながら殿下。
「ええと、そうだ、公魔術師の派遣だっ……と。
水系の奴らだな、それと炎は……蒸発させるだけの力量のが少ない……」
桃色の用紙を取り出し、さらさらと書き込む。
「あーあ、騎士団の奴らもお前みたいにある程度の濁流ぶった切れたらいいのに」
「自分で言うのも何ですが、私は別格ですから。それに、その技は私の剣の力によるものが大きいので」
「そーなんだよな。グングニル? グンニクル?」
「グンニクルです。グングニルは槍」
私が持っている剣はグンニクルという銘で、神剣などという妙な肩書きまでついている。
グングニルは槍だ。しかも、今はもう珍しくなった宗教の神話に出てくる槍。実在はしているらしいが、そう見たくもない。友人の持つ『神槍』ロンギヌスで十分だ。
「そうそう」
それから、しばらく俺も殿下もそれぞれの仕事に没頭する。
そして、光の後の轟音。
雷だ。
「激しいですねえ、雨……」
「……なぁレコン」
「はい」
「恐い」
「え?」
「恐い。もの凄く。だってさ、小さい時王宮の庭の木が! この木なんの木気になる木が……真っ二つに割れたんだよぉぉぉお!」
「……はあ」
で、それがなんだというのか。
「何でリアクション薄いんだ!」
くわっ、と目を見開いて殿下。どうやら余裕でトラウマものの体験だったらしい。
「いえ、前一度どっかの貴族に嵐の中避雷針にくくりつけられた事がありまして。
それに比べればどうという事はないかと」
結局その時も自力で縄引きちぎって間一髪で助かったのだし。
「……お前に言った俺が悪かった……」
そうだよな、お前の人生その規模でドラマチックに回ってるんだよな、と殿下が頭を抱える。
そうですとも。無駄にドラマチックです。殿下より経験が凄いという自信はありますよ。
「ぁ、そうそう、その貴族ってラフィン家のドーグの事ですから。脅し材料にでも使って下さい。『レコン=ブラックが許さない』といえば、おそらく言う事を聞きますから」
「何やったんだお前」
「説教を丸一日」
「説教の内容は?」
「殿下に実行致しましょうか。雷なんぞメではなくなりますよ」
「……お前という奴は……」
と、その時また二度目の轟音が響く。
びくぅ、と震える殿下。
「お化け屋敷(第三話参照)での様子とは随分違いますね」
「仕方ないだろー!?」
「『世の中『仕方ない』ですませていてはいけない!』と演説でぶち挙げた方はどなたでしょう」
「アレは仕事だ!」
先日の演説への言及に、ため息をつきながら返してくる殿下に、あっはっは、と笑ってみせる。
いや、面白い面白い。
そう思いつつ、両手を広げ、
「では、私を親とでも思って胸の中で怯えまくってみなさい。ソフィア殿にその情けない様子を子細漏らさず伝えて差し上げます」
とか言ってみると、
「嫌」
そりゃあ嫌だろう。俺だって嫌だ。誰が好んで男に胸を貸さねばならんのだ。
そのままそんなやりとりを繰り広げようとした時だった。
「エリックー!」
バーン、と後ろの扉が開いた。
そこから飛び込んできたのは、栗色の髪を振り乱したソフィア殿。
「ソ、ソフィア!?」
殿下が驚きの声を上げる。それと同時に鳴り響く雷。
轟音にビクリと殿下がはねる。
「ああ、やっぱりあんた、まだ雷が恐いんじゃないの」
あの時私の横でビビリまくってたわよね、といいつつ荷物を私の卓袱台の横のソファーに置く。
おお、さすがは幼馴染みだ。
しかしそれだけでここに来るとは、愛だな、愛。
「ソッ……ソフィアぁあー!」
殿下が目にもとまらぬ早さでソフィア殿に抱きつこうとするが、
「はい、ストップ」
それにきっちり対応したソフィア殿の右手がそれを止める。
「恐かった……凄く恐かった!」
「はいはい」
男女逆転恋模様。ソフィア殿、嬉しそうだな。
ルクスは雷どころか毛虫もネズミもどんと来い、な肝っ玉の良い奴だから、轟音にもびびる事無いだろうな、と思いを巡らしてみる。
とはいえ、ルクスは霊感がかなりあるから、その類の奴らに比べればどうって事無いんだろう。
で、ソフィア殿は殿下と背中合わせでソファーに座り、殿下の左手を右手で握っている。
……じれったいな、このガキ共。
そう思いながらも立ち上がろうとすると。
がしっ、と服の裾が捕まれる。
ん?
見ると、ソフィア殿が俺の服の裾を、ふさがっていない左手で握っていた。
必死の表情で。
「……あの、ごめんなさい、私も実は……」
雷が苦手な所まで似るな、幼馴染み。
で。
その後、二人してうるうるした瞳で見つめてくるわけで。
俺は年長、かつ自分で言うのも何だがそれなりに頼れる奴なわけで。
二人が寝付くまで、結局胸を貸す事に相成った。
……俺は、……親か?
リクエスト番外編:サンダーとチルドレン おわり
後書き(反転でご覧下さい)
>《王子と娘》の空想ラブラブな話が見たいです!!
との事で、書かせていただきました。
空想、という事で、エリックに空想させ、その上で一応ラブラブにしたつもりですが……どうでしょうか。
結局レコンが苦労しただけ、かも……。
時間軸的には1.5部あたりです。
サキ☆★様、リクエストありがとうございました。
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