月の光が窓から差し込む。
白いベッドシーツと掛け布団がそれを反射して冴え冴えと光る。それ以外は薄暗く、ほのかに鏡がきらりと光った。
幻想的な光景だった。
けれど、エリックの視界にそれが映ったのは一瞬で、すぐにそれは大きな影に遮られた。
「どうした? エリック」
大きな手が、あやすようにエリックの髪をかき回す。
月の光に透ける亜麻色の髪。逆光で見えにくいながらも、輝く琥珀の瞳。
「なにお前、こんな所いるんだよ」
上がった息を整えながら、声を荒げて問う。寝起きのせいか、頭がぼうっとする。
エリックが『ゼロ兄』と呼んで親しんでいるゼロ=セロの友人であるといいながらゼロをこき使う、レコン=ブラックという名の少年。
いつもなんだかんだとエリックにちょっかいをかけたり、かと思えば釣りや、やった事もない遊びに誘ったり、よく分からない奴だが、わざわざ気配を消して王子である自分の部屋に入って来るだなんて。
「ん? ああ、隣だからな。うなされる声が聞こえた」
「だからって来る?」
「いいだろう? お前の大好きな『ソフィア』の部屋に行くわけでなし」
からかうような声と共に、レコンの手が髪から額に移る。
逞しい腕だが、意外にひんやりと冷たい。
「熱は……あるな。大丈夫か?」
「んー……」
熱のせいか、レコンの手の冷たさが心地よくて、だるい手を動かし、その年にして相当に鍛え上げられた逞しい腕にしがみつく。
熱のおかげで、思考がよく回らない。
手を離してくれ、氷を取ってくるから、というレコンの言葉も、どこか別の所を漂っているような気がして、素直に聞く事が出来ない。
「仕方がないな」
その声と共に、ひょい、と器用に腕を動かし、レコンがエリックを抱き上げる。
がちゃり、というドアの音と、心地よい振動で、廊下を運ばれているのをエリックは感じた。
温かいその体と、対照的に冷たい腕。
なぜか、涙が出た。一滴、二滴とエリックの頬が涙に濡れる。
熱に浮かされただるさのせいだと思う。涙が止まらない。しゃくり上げて、かすかに声が出る。
父さんにも母さんにも、こんな事してもらった覚えがない。そう思うと、更に涙が出た。
哀しいのか、嬉しいのか、懐かしいのか、寂しいのか、満たされているのか、しんどいのか。
よく回らない頭で、全部だと思った。
大丈夫、大丈夫、と、レコンの落ち着いた声が聞こえる。
廊下に差し込む月の光が、朧に涙を通して見えた。
うん、と頷き、エリックはそのままぼんやりと眠りに身を任せる。
レコンが来る前に見ていた、恐い夢なんて、もうとっくにどこかへ消し飛んでしまっていた。
六万ヒット記念番外短編:月の光、腕と熱。 おわり
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